「あなたは存在するものすべてを愛し、お造りになったものを何一つ嫌われない。

憎んでおられるのなら、造られなかったはずだ。あなたがお望みにならないのに存続し、

あなたが呼び出されないのに存在するものが果たしてあるだろうか。

命を愛される主よ、すべてはあな たのもの、あなたはすべてをいとおしまれる。」 知 11:24-26 

 

 

幸せって、なんでしょうか?人生の意義、人間ら しく生きるって、どういうことなのでしょうか?そのように問いかけたことがありますか?自分は問いかけたことがなくても、人生そのものは、あなたにそのよ うに問いかけています。そうして、「答えはめんどくさい!」「答えたくない!」と思っても、実際に自分の生き方によって、既に答えています。あなたの人生は、どんな答えになっているのでしょうか。自分の答えで満足していますか。愛する人に、本当に幸せになってほしいと思う人にこの答えを薦めたいと思います か。

 わたしは、イエスと出会ってから、彼が自分の人生によっ て与えた答えを自分のものにしたいと思っています。また、このホームページを通して、色々な形で、この答えをあなたに紹介したいと思います。よろしくお願 いします。


 

 シモンとその仲間はイエスの後を追い、

 見つけると、「みんなが捜しています」と言った。

 イエスは言われた。「近くのほかの町や村へ行こう。

そこでも、わたしは宣教する。

そのためにわたしは出て来たのである。」

マコ 1:36-38

 

  • もし、イエスが頼まれた時に必ず病気の人を癒してくださったならば、どんなことになったのでしょうか。恐らく、聖マルコが描いているように、数え切れないほどの人々、もしかしたらほとんどすべての人々がイエスの元に来たのではないかと思います。けれども、同じ福音書が伝えている通り、イエスが人の願いに応じない時があり、すべての人の病気を治すわけではありません。そのために、病気を治してもらいたい人々の中に、イエスに関してがっかりする人があっても不思議ではないと思います。

  • どうして、イエスはすべての人の病気を癒やさないでしょうか。どうして、自分に関してがっかりする気持ちをもつことをゆるしているのでしょうか。

  • 確かに、ペトロの姑のように、癒しの恵みを体験することによって、愛を実行して人に奉仕するようになる人、つまり体の癒しだけではなく、心の癒しも受け入れる人がいますが、ほとんどの人は、感謝をしなければ、自分の生き方を変えることもありませんし、勝手に自分の都合のためにイエスを利用しようとしているだけです。

  • イエスが求めているのは、すべての人が完全に幸せに生きるということです。そのために、体だけではなく、心も魂も癒したいのです。最終的に、父である神がわたしたちの完全な癒しなのです。そのために、イエスはわたしたち一人一人に合わせて、父である神の元に導こうとしています。大事なのは、イエスを信頼して、自分の期待に合わない言葉や行いにおいても、その導きを見いだして、それに従うことなのです。


 

 

 

 

目次



聖書


 

信仰生活


PowerPointプレゼンテーション

 

 

「人間 の尊厳のもっとも崇高な面は、人間が神と交わるように召命を受けているということです。

人間は すでにその存在の初めから、神との対話に招かれています。

事実、 人間が存在するのは愛によって神に造られ、愛によって神からつねに支えられているからであって、

神の愛 を自由をもって認めて創造主に身を託するのでなければ、

人間は 真理に基づいて充実して生きていることにはなりません」。

第2ヴァ チカン公会議「現代世界憲章」19